2015年2月25日水曜日

さぁ、家が決まった。

タイトルの通り、家が決まったようです。
あとは、契約書がうまく受理されれば、晴れて任地に行くことができます。


ここで問題なのが、初期投資。
冷蔵庫、洗濯機、ガスコンロ等…

買わなければいけないんですねー

完全な一人暮らしなのでシェアすることもできず。
とりあえず、洗濯は手洗いで乗り切ります。




さてさて、そんなわけで
今日は一人暮らしを充実させるため
買い物に出かけておりました。


と、1人の男性がおもむろに声をかけてくる
「ブラ!」

握手をする。

「どこから来たのか、中国か?」
「何しにきたんや、どこに住むんや?」
「フィジーはどうや?」


ここまでは、よくあること
まぁこういうの嫌いじゃないので
楽しんでいたわけです。

フレンドリーで良いなーって




でも、わかってはいたけど
世の中そんなに良い人ばっかじゃない。


日本人=金持ち のイメージはついてまわる。







「ちょっとこっちきて!」
建物の入口に誘導される。


バックから何かを出すおっちゃん。
(最初麻薬かと思って焦った。笑)



「これ、あそこのショッピングモールから買ってきた香水やねん」


見ると名札が付いている。F$149(1万円ぐらいかな)
(名札付いてるし、パクってきたん?大丈夫なん?)


「F$50であげるよ!君はラッキーだ!」
断る。


「ほんなら、F$20ちょうだい。昼ご飯食べたいねん。」
断る。


「ほんなら、F$10でええわ。昼ご飯食べたいねん。」
断る。


「ほんなら、コインでもええんや、めぐんでーやー」
断る。



『がっかりした』
って言って、立ち去りました。

なんか、ほんまに不快やった。フレンドリーはお金の為かと。
しばらく、すごくむしゃくしゃした。







『日本は関係ないって思わんといて欲しい。
日本は外国に大きな影響与えてることを忘れんといて欲しい。』


フィリピンのワークキャンプに参加した時
NGOの代表さんに言われた言葉です。


フィリピンでは、テレビの役割がとても大きいです。
休みの日に家族がテレビを何時間も囲む。


そのほとんどが、日本製なんですね。
ゴミ山とかに捨ててあるやつも、日本のものがある。


フィジーでも
ほとんどの車が日本製です。タクシーのカーナビとかは
日本語のやつもあるぐらい。



これらは、善意であげているのか、はたまたいらなくなったものだからあげているのか
僕にはわかりません。でも、自国で処分するよりも、他の国にあげたほうが安いみたいな
話も聞いたことがあります。



とにかく、僕たちの生活は他の、めーっちゃ遠い国にも影響を与えとう。
世界は近い。




もちろん、どこの国にもいい人もおるし、悪い人もおる。
でも、その人たちと全く関係がないわけではなくて
何かしら、日本が影響を与えているかもしれん。


そう考えたら、自分の生活とか考え方を振り返ってみなあかんなって思いました。


ちょっとショックやったけど、いろいろ考えれた1日でした。


活動が始まったらなかなか忙しくて更新できないような気がするので
今のうちにたくさんしときますー。


あと、これびっくり。

http://matome.naver.jp/odai/2142478102837007601


ではでは。

2015年2月20日金曜日

人と向き合うことって。


障害者の職業訓練校にお邪魔してきました。


というのも
ここでPCの授業を担当しているボランティアの方と話してて
なんか、「いじめが起きそう」って話になったんですね。

ほんで、時間あるし、気になったのもあって
行かせてもらうことにしました。





ちょっと話がそれますが
今、日本の学校では「特別支援教育」というものがあります。

昔は、特殊教育とか、障害児教育とか
色々な呼び方がされていました。
(言い過ぎると、ボロが出るのでやめときます。笑)


まぁ、いうたら特別な支援が必要な子どもが増えているということです。
教師がいろいろ知識持って支援していかなあかんよということです。


というわけで、大学でも少しは勉強するんです。
「クラスには必ずこういう子どもがいるよ」って教わるからなんですね。



実は、青年海外協力隊に行く前に
技術補完研修というものがあり、
小学校にインターンシップに行っていたのです。



僕の要請は情操教育の普及なので
「図工・音楽・体育授業の指導法を学んで来い!」
というものだったのですが


小学校が求めているのは、ただの見学者ではなく
(その当時免許を取得できていなかったので教壇に立てなかった)
特別支援学級の子供たちのサポートでした。


そういう縁もあって、3ヶ月ほどではありますが
いわゆる「特別支援教育」というものに関わらせて頂いていました。





話を戻しますが、
そんなこんなでフィジーの特別支援の現状に興味があったんです。



学校の概要
生徒数60人ほどの小さな学校
年齢は10代後半~40ぐらいまで
私立かな?
先生は15人ぐらい?


農業のコース
大工のコース
PCのコース
そして重度の障害者のクラス


写真があまりなくて申し訳ないのですが
「障害者の写真を撮らない」
っていう決まりが学校であったらしく撮れませんでした。







さて、着くなり「自己紹介して!」


テンパったえっぴーは
前にあったホワイトボード用のマーカーを手に取り





















Ippei Hayashi
→Epi

と書いたんですね。

その後
音楽を教えるんです。
バというとろこに行くんです。
でも、まだ家がないんです。泣

みたいな話をして
よろしくお願いします。



さぁ、消そう!
ん!
消えない!!
!!!!

そこにあったのは油性のマーカー
やったんですね。


方法はいろいろあると思いますけど
しっかりとフィジーに名前を刻んできました。笑


このあと、授業は中断し
みんなでIPPEI HAYASHIを消すことに。
消えない。
しまいに、学校の理事長的な人も消しに来てくれて。
なんとか、薄くなったので授業再開。





話の脱線が多くてすみません。







ここのPCクラスは
比較的この学校の中でも
障害の少ない人が来る感じがします。


ほんで、
個人の表があるんですけど
これが興味深くて

名前・生年月日・障害の種類・宗教

障害の種類
例えば、

slow learner
mental illness

とか書かれているんですが
それ以上の情報がないんです。
見た目もめっちゃ普通で、話す内容も普通。
むしろしっかりしているぐらいやのに



どこがスローなのか
なにがきっかけで、どんなメンタルなのか。
全然わからん。


それに加えて、みんなが同じ授業を受ける。




ただ、フィジーの教育現場でも
先生になる人たちは特別支援教育について習うそうなんですけど
そこまで深い知識はないんかな。
ちょっとまだはっきりしないのでなんとも言えないですけど。



1人の生徒は
親の首吊り自殺
第一発見者だったそうです。

そりゃメンタルやられるよな。

その話を聞いてから、そこのボランティアさんは
生徒について深く知りたいけど
聞けなくなったそう。語学の壁もあるし。
カウンターパートも、あの子は「naughty(=いうことを聞かない)だけだから」
ってとりあってくれないとか。



僕は1日しか見れんかったけど
たまに見に行けたらいいなって思いました。




日本の頃から感じてたこと

この子はA型やからとか
若いからとか
男やからとか
一人っ子やからとか



関係ない気がする


これと障害を一緒にしても良いのかはわからんけど


障害もそうやと思う
slow learnerやからこうとか
mental illnessやからこうとか
は無いと思うんです。


ある程度の知識は必要やと思う。
でもその人とどれだけ向き合えるか
かなって



だから結局、特別な支援って障害を持っている人に向けてのものではなく
誰にでも必要なもんなんやろなって感じがします。


どうやったらこの子は課題をクリアできるんやろか。
人の課題ってそれぞれ違うし、接し方も違って当然。
そのひとつひとつが特別な支援。


1日授業見てて思ったのは、「もっとひとりひとりに興味持って!」
って思いました。
naughtyって言葉だけで片付けられるような子どもはいないような気がします。




所詮は現場に出てないニートの独り言なのですが
なんとなくそんな感じがします。






そこで会ったインド系の人が
明日、学校で結婚式をするそうなので
興味半分で行ってみます。

誰でもウェルカムなのがすごい!



ではではよい週末を。

2015年2月18日水曜日

今私にできることを 図工ってええなぁ


引き続き、自分の活動ではないのですが
先輩隊員さんたちのところにお邪魔して
お手伝い?見学をさせていただいております。



まず、教員養成大学です。
1学年40人ほどの小さな学校です。
キリスト系のカレッジで
毎週金曜日には、1時間お祈りの時間があります。

キリスト系の学校だからなのか
ほとんどがフィジアンです。


ここで図工を教えられているボランティアの
お手伝いをしています。
ちなみに写真の白い建物が図工室です。


ここでは
生徒のことを「ブラザーorシスター」と呼ぶのに対して
先生のことを「マスターorマダム」と呼びます。


僕はここで、「マスターエッピー」と呼ばれています。笑
発表しますが、僕のフィジアンネームは「EPI」です。
なんか、こっちですごく馴染みのある名前らしくて
ラグビー選手なんかにもいるそうです。えっぴー。


日本で言う「佐藤、山田、田中」的なポジションなんかな??




さて話を戻して、今日の授業は…




なんでしょうか。





机にのっている彼は、このあと白いシャツの女の子の髪の毛を切ります。笑







お分かりの方もいらっしゃるかもしれませんが【小麦粉粘土】です。




   






材料
①小麦粉 
②油
③塩
④水

以上。


良いところ。簡単に安価で作れる。
悪いところ。カビが生える。

いかなるものにも、メリットデメリットがありますよね。


インディアンの一般的な料理「ロティ」
これにカレーをつけて食べるんです。



に作り方が似ていると予想したんですが、
生徒たちに聞くと全然違うとのこと。
ロティの材料も、小麦粉と水なんですけどねー




さて、粘土ができたら、今度は人形を作っていきます。
「ペットボトル用意するように!」先週そう言われてましたが…
忘れた生徒は近くにあったビール瓶で対応。笑








これ、クッキーをのせてます。このあと怒られます。笑




赤ちゃんを抱いたお母さんだそうです。
自分のお母さんって言うてたかな?



扇子?なかなかのセン…



この子達は、のほほんとしますよね。
好きな顔です。

個性的な作品の数々。
生徒の性格が作品にもでます。
おもしろい。みんなが思い思いのものを楽しみながら表現する。







素敵な笑顔にたくさん出会いました。
これが、小学校ならもっとすごいんやろな?
とか想像しながら、授業のお手伝をしてました。

彼らがしたこの経験を、先生になった時に
ぜひ、子供たちにもさせて欲しいなと思いました。



僕は、図工にものすごく苦手意識があり、どちらかと言うと嫌いでした。
夏休みの宿題とかも、結局親にやってもらったり。笑

でも、こうやって、教育者?とか偉そうに言えないですけど
そういう立場になった時に、図工とか音楽っていう体験は
普段の勉強とは違う学びがあることに気づきます。


最近になって自分を表現する楽しさ、
また、その重要性に少し気づけた気がします。

図工ってええなぁ




んーなんか、まだまだ文章力がなくてすごく歯がゆいですがこんな感じです。






そろそろ水出るようになったかな。
さっきまで、断水チックで、水出ませんでした。



ではでは!


2015年2月15日日曜日

VUVALE

ご無沙汰しております。
いろいろありまして、まだ任地に行けておりません。
家が見つかってないそうです。笑

とりあえず、候補の家が見つかったそうなので
それだけでも前進です。
首都の生活をもう少し楽しみます。



ところで語学研修は終わりましたが
JICAフィジー事務所ではこんな教科書をつかっています。

先生の手作りで可愛いです。



挨拶とか、時間の言い方とか買い物の仕方とか
いろいろトピックがあるのですが
その中でも一番難しいトピック。。。


「家族」
タイトルはフィジー語で家族という意味です。


僕は、日本語でも家族は苦手です。
姪って誰や?はとこって自分にとってなに?
おじさんて…とか、
もう、名前で呼びたいです。笑


本題に戻りますが
基本的なのは一緒なんですよね、
兄弟とか、父母とか。

ややこしいのは、いとこ関係です。
①cross cousin
②parallel cousin


というものがあります。


①「cross cousin」
自分と異性の兄弟から生まれた子供と
自分の子供の関係

例えば
自分(男)の子供と姉(女)の子供です。




②「parallel cousin」
自分と同性の兄弟から生まれた子供と
自分の子供の関係

例えば
自分(男)と弟(男)の子供です。



ほんで、ここからがフィジアン。
cross cousin 同士は結婚もできるし、
異性同士であっても話すことが許されます。

しかし、parallel cousin は
異性同士は話すことも、一緒の空間にいることも避けるべきと
されています。



フィジアンはとても家族とのつながりが強いです。
もし、そこであまり話していない人たちがいたら
それは、parallel cousin なのかもしれません。
そういった、家族の役割というか
文化によって違った家族の捉え方を知っておくと
また、新しい視点で物事を考えられるのだなと
思いました。






もしも、ワカメちゃんに子供が出来たとして
それが女の子なら、タラちゃんとは遊ぶことも
話すこともできないんですね。

わかりにくいか。笑


サザエさんにこんな家族がいたのもびっくりですよね。笑




ほかの国の家族についても知ってみたいですね!




ではでは、!


2015年2月2日月曜日

フィジアンホームステイ




週末は2泊3日でホームステイに行っておりました。


首都のスバから車で30分ほど離れた
ナウソリのククビレッジというところが今回のビレッジです。

このビレッジは、もう何度もJOCVを受け入れてくれているらしく
日本語を話せる人もちらほら。


まずは、子供たちが歌とダンスで歓迎してくれました。
この感じは、まさにフィリピンの感じです。
可愛い。







かわいいいいいい!
言葉通じんけど、かわいいいいい!


このホームステイの目的は、
①フィジアンの上達
②フィジーの生活を体験する


だと思うのですが、

①に関して、、、みんな英語が喋れます。
なので、わざわざフィジアンを話す機会がなかったですね。
しいて言うなら、子供達です。
英語は小学校から習うので、彼らと話そうと思うとやはりフィジアンが
必要になります。


②このビレッジは、結構都会に近いビレッジで

こんな大きいテレビがありました。
しかも、映画も入ってる。

「オーストラリアの兄弟からもらってん」
って言っとったけど、そんなもらえるもんかね。



これは、最後の晩餐の写真です。

右の緑の服を着ているのがこの家の主、Sevaです。
彼は10人兄弟の末っ子で、26歳?だそうです。

ほんで、この右奥のグレーの服が奥さんのAnnです。
お父さんはイギリス人、お母さんはフィジアンだそうで
昔は、家でフィジアンを話すと叩かれたそうな。

左の男性は、名前覚られんかったけど
協会に連れて行ってくれた、優しい人。笑


最後の晩餐に写っている料理のほとんどは
【ロボ】と言われる、フィジーの伝統料理です。

「食べたいー!」って言ったら作ってくれました。



このロボ、4時間ぐらい時間がかかります。
まず、ココナッツや木を組んで、灯油をかけて、
火をつけます。

3歳の子も協力してくれました。


この石で食材を調理します。

あとは、こんな食材(まだ生きてます)を入れたりして






葉っぱで蓋をして、スチーム。

ココナッツも鍋がわりになります。


おいしくいただきました!
なんと贅沢な、!!


これも飲んで食べました。


ココナッツ。
まず割って、ジュースを飲みます。
そして、残りのこの白い部分をスプーンですくって食べます。
ゼリーみたいで美味しいんですね、これが。



これは、Vuleと呼ばれる昔の家です。
今は、観光客が止まるための、ホテルみたいになっています。
オーストラリア、ヨーロッパなどから来るみたいです。
ビレッジの人が踊りなどを披露して、お金を稼ぐみたいです。









ずっと、鼻でとる!笑






昨日まで、1週間お腹壊してました。笑
協力隊の96%が下痢になるそう。


ただ、今は元気です。
みなさんも、体調には十分気をつけて。